「仕事とウェブ解析士」をテーマにお送りさせていただくウェブ解析士インタビュー。50人目は、デジタルマーケティング・ストラテジストの女屋 貴幸(おなや たかゆき)さん。
デジタルマーケティングの戦略立案からウェブ制作まで、幅広い経験を持つ女屋さん。大学卒業後すぐ、フリーランスのウェブデザイナーとして独立し、各社を渡り歩きながら実績を重ねた叩き上げのクリエイターです。「ウェブ解析士の取得は、答え合わせだった」と語る女屋さんに、これまでの道のりと、今後のウェブクリエイターに求められる能力を伺いました。
(インタビュー・編集:ライター ふじねまゆこ)
「君は、自分がやりたいことをやったほうが伸びるよ」
――早速、自己紹介をお願いできますか?
女屋 貴幸さん(以下、女屋さん):株式会社マインズ所属の女屋貴幸と申します。デジタルマーケティングの戦略立案と企画・構成が主な業務となります。そのほか、ウェブデザイン・システム設計・サイト運用・アクセス解析・改善提案と、それらを包括するディレクションまで、幅広く従事しています。
――キャリアのスタートは、ウェブデザイナーですか?
女屋さん:はい。といっても、美大や専門学校出身ではありません。大学は文系の4年制大学で、経営学を専攻していました。「会計士になりたい」と意気込んで入学しましたが、簿記3級の資格を取った時点で「ちょっと思ってたのと違う」となり、スパッと辞めてしまいました(笑)。
その後、大学生活を謳歌して就職活動を迎えるのですが、まったく内定がいただけないという事件が起こります。若いうちから裁量の大きな仕事を任せてくれそうなベンチャー企業に絞って受けていましたが、最終面接まではほぼ確実に進むものの、最後の最後でお祈りされてしまうという(笑)。
――当時を振り返ってみて、なぜ内定がもらえなかったのでしょうか?
女屋さん:最終面接はどの企業も「社長と1対1で面談」でした。忖度して入社するのは嫌だったので、本音でお話させていただいたんですが、その結果ほぼすべての社長から「女屋くん、君は自分が本当にやりたいことをやったほうが伸びるよ」「私も自分のやりたいことがあったから会社を起こしたんだ。だから君も」といったお言葉を頂戴しまして。当時は薄っすらと起業したい想いもあったので、見透かされていたのかもしれません。でも、そんな言葉が「やりたいことをやる」後押しになりました。
――デザイナーになるきっかけは何でしたか?
女屋さん:内定が出ないまま悶々としていた頃、所属していた大学のゼミでは産学連携プロジェクトが進んでいました。新しい健康食品のプロモーションを複数のチームに分かれて提案するものでしたが、運良く採用いただきまして。私はキャラクターデザインとパッケージデザインを担当していたのですが、プロの手直しなくそのまま印刷、店頭に陳列されたことが強烈な成功体験となりました。
「デザイナーになるには美大や専門学校に行く必要がある」と思い込んでいましたが、この体験を通じて「自分のデザインは世に出してもいいのかもしれない」と気付いたんです。ただ、グラフィックデザイン一本で戦うには非力で不安だったため、得意なことを組み合わせて差別化を図ろうと考えた結果、浮かんできた職業が【ウェブデザイナー】でした。
――大きなターニングポイントですね!
女屋さん:卒業まであと3ヶ月というところで「ウェブデザイナーになる」と決心し、ウェブ関連の書籍を何十冊と読み漁り、独学でウェブ制作のスキルを身に着けました。人生で一番勉強した時期だったと思います。同時に実践として身内のサイト制作に数件携わり、卒業と同時にフリーランスのウェブデザイナーとして仕事をすることになります。
――いきなり独立したんですか!?
女屋さん:本当はウェブ制作会社に入りたかったんですが、独学かつ実績ゼロの人間を雇ってくれる会社はどこにもなくて(笑)。実績をつくらないことには始まらないので、とりあえずフリーランスとしてスタートし、友人の紹介でウェブデザインやグラフィックデザインの仕事を受け、実績をためていきました。半年ほど過ぎ、ポートフォリオに厚みがでてきた頃、ようやく1社目に入社します。アルバイトでしたが、嬉しかったですね。
駆け出しのウェブデザイナーが、デジタルマーケティングにふれたきっかけ
女屋さん:1社目は食品系ECサイトのコンサルと運用を担う小さな会社でした。ウェブ上で多店舗展開していたため、楽天・Yahoo!・ぐるなび・MakeShop・Futureshopなど、様々なモールやASPの同時運用をしていましたね。商品画像や広告のデザイン、メルマガのライティング、クライアントとのやり取りなど、アルバイトにしては広い範囲の業務を任せていただき充実していたのですが、商材が一緒だとデザインがワンパターンになってしまうのが次第にストレスになり、転職を考えました。「ここでずっと惣菜のバナーをつくるのは嫌だな」と(笑)。
――多くの若手デザイナーが通る道かもしれませんね。
女屋さん:ですね。もっとデザイン力を上げたかったし、誰もが知っている案件や派手な仕事を手掛けてみたかった。なので2社目はそういった実績が豊富な会社を選びました。
入社後は有名なタレントの公式サイト、アーティストのファンクラブサイトなどをたくさん手掛けられたので、デザイナーとして自信がつきましたね。
そんな華やかな制作案件の一方で、この会社はウェブマーケティングにも力を入れていました。社長はセミナーを開催するため全国を飛び回り、マーケティング専門誌に寄稿したり、著書を出版したりと、当時あまり注目されていなかったウェブマーケティングの啓蒙に力を注いでいたんです。社員教育も熱心で、そのおかげで私もウェブマーケティングの体系的な知識を身につけることができました。
――ちなみに、2社目も、デザインからコーディングまで、全行程を担当されていたのですか?
女屋さん:はい。バックエンドエンジニアリング以外の業務はほぼすべて担当していました。初回のヒアリングから要件定義、企画・構成、デザイン、コーディング、公開までやっていたので、フリーランスっぽい働き方でしたね(笑)とはいえ会社なので、短納期案件や大規模案件はチームを組んで進めていましたけど。
――現在の会社に入ったきっかけは?
女屋さん:実は2社目の在籍後半で、いまの勤務先である株式会社マインズ(以下、マインズ)に常駐していたんです。もともとパートナー関係にあり、オフィスを間借りするような間柄だったんですが、マインズから「業務がひっ迫しているのでデザイナーが欲しい。できれば常駐で」と要請があって、私が担当することになりました。
その後しばらくして、マインズの社長から「ウチで働かないか」と声をかけられまして。3ヶ月くらい迷った末に、転職をきめました。
――マインズへ入社したときは、ウェブディレクターでしたか?
女屋さん:いえ、最初はウェブデザイナーで入社しました。ただそれは肩書きの話で、実際にはディレクション含めてサイト制作や運用全般を担当していましたね。
――マインズ入社後から、現在の肩書へ少しずつ変わっていったのですね
女屋さん:入社直後はデザインとコーディングが主な業務でしたが、事業が拡大するにつれて「ディレクションに専念して欲しい」と要請があり、少しずつ制作業務を手放して分業体制を整えていきました。
その後、ディレクションの中でもとりわけ重要な「企画・構成」にもっと注力したいという想いが芽生えます。事業目標の達成に貢献するサイト制作と、その戦略を提供するという意志表示を込めて、肩書きを「デジタルマーケティング・ストラテジスト」に変更し、今に至ります。
ウェブ解析士認定講座は、実務との答え合わせ
――デジタルマーケティング・ストラテジスト。あまり聞き慣れない言葉です。どの領域でご活躍されるのでしょうか?
女屋さん:ウェブマーケティングといえば、SEOやウェブ広告、SNSマーケティングといった集客施策と、転換率をあげるためのコンテンツ企画・制作などが基本的な施策ですが、デジタルマーケティングはより包括的な概念です。
たとえば、ウェブサイトで得られた閲覧情報をオフラインの購買情報と紐付けて、一連の行動を見える化したり、CRMやSFAを導入して顧客管理と営業管理をデジタル化したりと、いま流行りの「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の一端を担う仕事ですね。コロナ禍でDXが加速したことは間違いないですが、まだまだ波に乗れていない企業は多く存在します。非常にやりがいのある仕事です。
――よく目にする企業でも、DXが進んでいないのでしょうか?
女屋さん:いまだに紙ベースのコミュニケーションが主流で、FAXが現役という業種はありますね。さすがにウェブサイトを持っていない企業はなくなりましたが、たとえ問合せフォームまでデジタル化できていても、その先の顧客管理や営業ツールが「紙」というケースは珍しくありません。
DXを進めている企業であっても、一部のシステムが古くてうまく連携できていないとか、システムAにある顧客情報がシステムBにはなく一元化できていないといったケースが散見されます。DX関連の相談は今後ますます増加すると思います。
――幅広い知識をもとに、広い視野で考えるお仕事という点では、ウェブ解析士の知識が特に活かせる分野かもしれないですね。
女屋さん:はい。ウェブ解析士の知識は大いに役立ちますよ。
――でも、女屋さんはウェブ解析士を取得する前から、デジタルマーケティングの実績を重ねていたのですよね? 取得のきっかけは?
女屋さん:きっかけはウェブ解析士マスターの寺岡さん(インタビュー記事はこちら)のすすめですね。マインズの元社員で現在は独立されているんですが、とある案件で一緒に仕事をすることになったんです。その時にすすめられて。もともと興味はあったので、せっかくだからと同僚を誘い、4人で受講することにしました。
――受講してみていかがでしたか?
女屋さん:アクセス解析は長年やってきましたし、すでにデジタルマーケティング支援も提供していたので、その答え合わせをする感じでした。「自分のやってきたことは間違ってなかったんだ」と確認できたので良かったです。もし間違っていたら大変でしたけど(笑)。
――ウェブ業界で働く方からは、「ウェブ解析士って、わざわざ取らなくてもよくない? 」と耳にします。実際はどうでしたか?
女屋さん:必須ではありませんが、私はオススメしています。一緒に働くスタッフがウェブの体系的な知識を身に着けていれば心強いですし、アウトソーシングする際も資格保持者のほうが安心できますよね。そもそもウェブ制作の資格が不要な業界で、わざわざ資格を取るわけですから、背景には「ちゃんと勉強したい」という向上心があるんだと思います。そう考えるとポイント高いですよね。
正直な話、受講前までは私自身も「わざわざ取らなくてもよくない?」と思っていました。なくても仕事するには困らなかったですし、資格を取ったからといって、いきなり仕事が増えるわけでもないですから。
ただ、実際受けてみて「学習効率が高い」とは思いました。ググればいくらでも情報は転がっていますが、断片的なんですよね。私の場合は業界歴が長いので、断片的な情報を徐々に脳内で体系化していった、それだけ時間もかかっているわけですが、まだ経験が浅い方にとっては体系的に学べるいい機会だと思いますよ。
――学習範囲についてはいかがでしたか?
女屋さん:扱う範囲はかなり広いですよね。「ウェブ解析士」と銘打っているから、てっきり Google アナリティクス の使い方やレポーティングを中心に学習していくものだと思っていたんですけど。経営視点で語られる環境分析のフレームワークや、マーケティング視点の戦略立案まで網羅していて、そのうえでウェブ解析を解説していくというボリュームが凄いなと思いました。
――ウェブ解析よりも、マーケティングの話が多いですよね。
女屋さん:実際、試験問題も解析に関する設問よりマーケティングに関する設問が多かった気がします。結局そこが分かっていないと意味のある解析ができないんですよね。Google アナリティクスだけ見ていても答えは出ない。この本質的な部分が、より多くの方に伝わればいいなと思います。
トラブルは無知から生まれる。ウェブを取り巻く環境を俯瞰しよう
――ウェブ解析士の中には、女屋さんのおっしゃった領域で「ウェブディレクター」と掲げる方が多い印象です。
女屋さん:そうですね。さすがにDX領域まで含めると「ウェブディレクター」の肩書きを飛び越えている感もありますが、境界線はグレーです。そもそも、ディレクターの役割やスキルセットって会社によって全然違うんですよね。私はずっと「ウェブディレクターはウェブデザイナーを経て成るもの」という認識だったんですけど、会社によっては営業のポジションをそう呼んでいたり、未経験・新卒でもウェブディレクターになれたりするので、あまりにも曖昧で……そうした事情もあって、『デジタルマーケティング・ストラテジスト』を名乗っています。
ウェブデザイナーでもコーディングできる人・できない人がいますから、ウェブ業界の肩書きは本当に曖昧ですね。
――ウェブクリエイターのスキルは、どの領域まであれば良いと思いますか?
女屋さん:私が大学卒業した当時は、ウェブデザイナーといえば「一人でウェブサイトを全部作れる人」でした。構成・デザイン・コーディングはもちろん、レンタルサーバーやドメインの設定などもすべてこなせて一人前だったんです。
ところが今のウェブサイトは複雑化・高度化が進み、分業が当たり前になりました。そうなるとオールラウンダーがワンストップで制作するよりも、スペシャリストが協力して制作するほうが、より効率的に品質の高いウェブサイトをつくれるようになります。コーディングしないウェブデザイナーであっても、デザイン力に秀でていれば、優秀なコーダーやフロントエンドエンジニアと組むことで素晴らしいアウトプットができあがります。その時々の環境や案件にあわせて、必要だと感じたらスキルを補うスタイルもアリかもしれません。
――同感です。とはいえ今の時代、これから始める駆け出しクリエイターはどうしたらよいでしょう?
女屋さん:知らない、できない、やらないは、それぞれ全く違います。やる・やらない、できる・できないの判断は「知っている」からこそできるわけで、トラブルの多くは「無知」から発生します。コーディングを全然考慮できていないデザインや、SEOを無視したマークアップなど、無知はチームワークの低下、品質の低下を招くので、まずは「知る」ことが重要です。
その知識を得るための手段として、ウェブ解析士認定講座はおすすめです。マーケティングのことまで全体を俯瞰して見えているデザイナーは強いですよ。
――突出したスキルが求められる一方で、全体を俯瞰できる人は重宝されるわけですね。
女屋さん:どんなウェブサイトも、基本的には何らかの利益貢献が求められています。ECなら売上UP、BtoBなら問合せ数や資料請求数の増加、コーポレートサイトならブランディングの向上といった具合に。
我たち受託サイドが何気なく受け取っている「給与・報酬」って、クライアントにとっては「投資」なんですよね。投資なら、できるだけリターンを大きく返したい。そのことに気づいたとき、全体を俯瞰できる力というか、マーケティングの知見が必要だなと強く感じました。
――職域ごとのスキルを極めつつ、マーケティング戦略の全体像はどの立場にあっても掴んでおくと良いということでしょうか?
女屋さん:間違いないですね。プロデューサーやディレクターだけでなく、デザイナーやコーダー、エンジニアもそれを掴んでおくことで、ウェブサイトの投資対効果を最大化することができます。
たとえば、文字サイズを小さくしてカッコよくしたいけど、使い勝手が悪くなったらCVRが下がりそうだからバランスを取ろうと工夫するデザイナーとか、ここはローディングが長いから離脱率下げるためにアニメーションを工夫しようと動くコーダー、表示速度上げるためにリファクタリングしておこうと工夫するエンジニアがいたら、ウェブサイトの価値は確実に上がります。全体が見えているスペシャリストと組むと、生産性とアウトプットの質が大きく向上するんです。
ウェブ解析士のノウハウは絶対に無駄にはなりません。ウェブ業界に携わる方にはぜひチャレンジしていただきたいと思います。
あとがき
この10年で大きく変化したウェブの世界。振り返ると、その時々で求められる技術要件は違いました。しかし、ビジネス・マーケティングの普遍的な考え方は変わっていないと思います。枝葉の変化にとらわれず、物事の本質を捉える女屋さんのような方々が、業界で生き残る人なのかもしれないと思いました。
株式会社マインズ
女屋さんが所属する株式会社マインズは、デジタルメディアを中心としたコミュニケーション課題を解決するクリエイティブエージェンシー。ビジネスに必要な論理性と、人の心を動かす創造性をもって緻密に考え、お客さまのコミュニケーション課題を解決します。