「仕事とウェブ解析士」がテーマのウェブ解析士インタビュー。53人目となる今回は、広告代理店のディレクターでライター・コピーライターの佐藤幸治(さとう・こうじ)さんです。
ウェブサイト制作にライター、コピーライター。さぞや才気煥発なお方と思ってお話を伺うと、落ち着いた物腰と理知的な雰囲気が印象的だった佐藤さん。実は、最初から広告の仕事を目指していたわけではないといいます。どのようなキャリアを積んで今に至るのかお聞きしました。
(インタビュー・編集:上級ウェブ解析士・ナカノアヤコ)
――今のお仕事内容を教えてください。
佐藤幸治さん(以下、佐藤さん):主にクライアント企業のウェブサイト制作にディレクターとして関わっています。コーポレートサイト、採用サイトなどの新規作成のほか、フルリニューアルの案件も多いですね。ランディングページ(LP)を制作するほか、パンフレットなどの紙媒体を手がけることもあります。
2021年3月までは同じ企業グループの別会社に出向し、ウェブ広告運用の仕事をしていました。出向になったのは、ウェブ解析士であり、Google アナリティクスを日常的に使っていたからだと思います。そちらの会社にはちょうど1年在籍し、4月に元の広告代理店へ戻ってきました。
――ライター、コピーライターとしてはどのようなお仕事をしているのでしょうか。
佐藤さん:コーポレートサイトや採用サイトの文章のほか、オウンドメディア制作支援の業務の記事も書いています。例えば資格の会社では「取得するとこんなメリットがある」といった内容です。他にも住宅情報、証券会社、スポーツジム、自動車メーカーなどさまざまな業種に向けて執筆・編集をしてきました。
体系的に学ぶためウェブ解析士に
――ウェブ解析はすでに多くの経験があるんですね。
佐藤さん:実務で覚えたり本で学んだりはしてきましたが、一度体系的に学びたいと思って検索しウェブ解析士を見つけました。他にも似た資格はありましたが、取得が簡単すぎるものには意味を見いだせませんでした。ウェブ解析士は、体系的な知識が得られることや試験の難易度と実用性とのバランスが優れていると思います。
実務では、例えば採用サイトのリニューアル案件でデザインやコンテンツを変えたいということでお声がけいただいた際に、じっくり聞いてみると数字の方を気にされている場合がありました。
数字というのは「何人採用したい」「何歳くらいの人を採用したい」といった具体的な目標です。Google アナリティクスを導入しているクライアントの場合はお願いしてデータを見せてもらい、それを元により深い提案ができました。
――具体例を挙げていただけますでしょうか。
佐藤さん:2019年にウェブ解析士を取得する前後のことです。あるグループ企業の採用サイトをフルリニューアルする案件を担当しました。クライアントの要望は、20代半ば~30代前半中途採用を強化したいというものでした。
Google アナリティクスを見てみると、狙い通りの年代のユーザーが訪問してはいました。ただ、グループの中で一番有名な会社のページだけ見て離脱するユーザーがほとんど。一番見られやすい位置にあるからです。グループ会社は全部で4つあるので他の3社のページも見てほしいのに、ユーザーにほとんど認識されていませんでした。
元のサイトはコーポレートカラーで統一されていて、メインビジュアルは会社が立地する場所の風景写真でした。サイトデザインとしてはいいかもしれませんが、見てもらいたいページにユーザーが来てくれないのは問題です。
そこで改修にあたっては、会社ごとにコンテンツを色分けして「グループにはほかにも会社がある」ということがパッと見て伝わるようにしました。他にも細かい修正を積み重ねました。訪問してもらいたい、つまり採用したい人材をメインビジュアルの写真で見せる。グループの中でどの会社が向いているかわからない人向けにフローチャートを用意する。社員インタビューを職種や職歴、属性などで絞り込めるようにするなどです。
その結果、直帰率は10ポイント改善、サイト滞在時間も大幅に伸ばすことができました。
“美しいことば”である必要はない
――数字で結果を出したのですね。
佐藤さん:コンペの競合相手には、デザインに強い、ブランディングに強いなどいろいろな会社があります。デザイン的にかっこいいサイトの方が良いのはもちろんです。
ただ、そのサイトがどういう現状で、どういう成果を出せるのか数字で示せるのは自分たちの強みだと感じていました。実際、この案件のほかにも成果を数字で示すことで受注できたものは多くあります。
LPは特に数字がダイレクトに出てきます。メインビジュアルのキャッチコピーとデザインだけでも成果はかなり変わります。
この場合のキャッチコピーが”美しいことば”である必要はありません。ユーザーをコンバージョンに導くためのことばが必要です。いいことを言ってそうだったり、見た目がきれいだったりしても成果が出ないLPは意味がありません。
コピーライティングで大事なこと
――あれ、佐藤さんはコピーライターでもありますよね……。ことばで勝負する仕事です。ディレクターとコピーライターの仕事はどう折り合いをつけているのでしょうか?
佐藤さん:コピーライティングは、ことばで人を動かすことができるのが魅力です。ターゲットにどうやったら響くのか。この商品やサービスの価値って何だろう。クライアントは「これを言いたい」と望んでいるけれど、果たしてそれで消費者は動くだろうか。こうした本質を考えて書きたいと思っています。
ただ、仕事ではクライアントの考えはもちろん大事ですし、常に自分の書きたいように書けるものではありません。自分の意見を持ちながら、その時々で何を優先するか決めてコツコツと成果を重ねていくことが大事だと思います。
――ことばを大事にしつつ、リアリストなんですね。佐藤さんにとってその原点は何だったのでしょうか?
佐藤さん:そうですね……。大学の新聞部にいたことでしょうか。どのゼミに進むか迷っている1~2年生を読者に想定して、いろいろな研究者に話を聴き、たくさん記事を書きました。東京の大学でしたが北海道にある研究室の教授を訪ねて取材したところ「こんな遠くまでよく来てくれた」と、とても喜ばれたこともあります。
文章を書くのっておもしろい、できれば文章を書く仕事をしたいと思うようになりました。人生いろいろ“迷子”になった時期もありますが、ことばに関わる仕事をしたいと思って今に至ります。最初から広告の仕事をしたかったわけではありません。
人生で”迷子”になっていた時期
――“迷子”の経験、よかったら教えていただけますか。
佐藤さん:法学部だったんですが、文学部に移りたい思いがありました。就職活動では新聞社を受験したものの、最終合格には至らなかったんですね。
モヤモヤしつつも、法学部だったので司法試験を受けようとロースクールに進学しました。でも法律の文章って裁判に関わる人々が読むために書かれていて、すごく特殊なんです。読んでいて「自分とは合わない」とずっと感じていました。法律が自分に合っているか悩んでいる人が受かるようなものではありませんから、司法試験には受かりませんでした。
そこで、ことばに関わる仕事がしたいという思いに立ち返ってライターの仕事を探しました。たまたま、法律事務所の広告を担う代理店がライターを募集していて、いきなり正社員で採用してもらえました。
ちょうど借金の過払い金返還請求が注目されていた頃でした。わかりやすく手続きや仕組みを伝える文章をウェブサイトに書いたり、ラジオCM用の原稿を書いたりする仕事です。借金問題以外にも交通事故の被害者向け手続き、相続、離婚、刑事弁護など、ガチガチに硬い題材の文章を書きました。
とにかく人数が少ない会社だったので、テレビCMからラジオCM、チラシ、コーポレートサイト、LP、ウェブ広告、YouTube広告、なんでもやりました。ライターだったのはほんの最初の頃だけで、いつの間にかディレクターになっていたというわけです。
悩み、もまれた経験が役に立つ
――その時は迷子になった気分だったかもしれませんが、今振り返ればすべての経験が今の佐藤さんを形作っているんですね。
佐藤さん:悩みながら続けていた法律の勉強が、ロジックをしっかり固めて提案することに役立っていると思います。それに、人が少なくお金もないから知恵でなんとかしろという会社でもまれました(笑)。
それと、今の会社に転職してから一度制作を離れ広告運用の仕事についたのも役立っています。広告運用の業務では、毎日Google アナリティクスやGoogle 広告の管理画面を見ていました。ウェブ解析士の知識があったのである程度は理解していましたが、自分で運用するとなるとなかなか大変でした。もう少し深く学びたくなったのが上級挑戦の理由です。
――上級ウェブ解析士の試験はいかがでしたでしょうか。
佐藤さん:運用の経験のおかげで特別難しくはなかった、というのが率直な感想です。でも修了レポートの量はかなり多いですね。途中のステップも一つ一つが結構なボリュームで、全部クリアしていくのは大変でした。
仕事も忙しくなりそうな時期だったのでレポートの提出締め切りに余裕がある日程の講座を選び、課題は主に土日に取り組みました。
――学んだ知識の中で実務に生かしていることはありますか?
佐藤さん:クロスSWOT分析、カスタマージャーニーマップ、ロジックツリーなどです。企画書にすぐ使えそうな考え方が学べたのは非常に良かったですね。またヒートマップやEFOツールなど、解析に役立つツールを講座の中で一通り触れるのは魅力です。すべてのツールを備えている会社ばかりではないですから。
Google アナリティクスやヒートマップツールを導入している会社には、積極的にそれらを活用して提案しています。中小企業では解析ツールを入れていないところもあるので、導入の段階から支援しています。
これまでの回り道も付加価値に
――上級ウェブ解析士として、またライター・コピーライター・ディレクターとして、ご自身の今後について展望を教えてください。
佐藤さん:広告運用担当としてひたすらコンバージョンを追い求めてヒリヒリした危機感は、制作しか経験していなければわからなかったと思います。おかげでバナーの文言やリスティング広告のテキストにも、より切実に取り組めています。今ではコーポレートサイトや採用サイトの制作の際に、ウェブ広告やLPなどの導線も作るといった横断的、重層的な提案も可能になりました。
運用もできるコピーライターというのは、それほど多くないのではないでしょうか。回り道をした経験が自分の付加価値になっているかなと。
広告運用を経験して制作に戻ったことで、改めてことばを軸に仕事をしていきたいですね。コピーライティングでは、コピーライターの登竜門として知られる宣伝会議賞の第57回で協賛企業賞(2020年)を2課題で受賞、第58回(2021年)もファイナリストに残ることができました。会社以外のところでも自分の力を磨きつつ、それをまた仕事に生かしていきたいと考えています。
あとがき
数字を追い求めると、時にはことばへのこだわりを抑えなければならないことがあります。でも、それを両立させるのがプロ。佐藤さんは「ことばへのこだわり」を自覚し、キャリアを通じてぶれずに持ち続けたことで結果を残しています。コピーライターとしては、第16回ピンクリボンデザイン大賞コピー部門(2020年)での入選も果たしています。読者の中には自分が“迷子”だと感じている人もいるかもしれません。自分の軸とウェブ解析士の“掛け算”でかけがえのない付加価値を得られると、佐藤さんの経験が教えてくれています。