「仕事とウェブ解析士」をテーマにお送りするウェブ解析士インタビュー。64人目は、マーケターとして活躍しながら、高校・大学生向けのキャリア教育支援に携わる関谷 匠さん。
マーケティングと聞くと商売のイメージが強く受け止められがちですが、本質的には社会づくりや教育など幅広い分野で役に立ちます。関谷さんはマーケターとして企業の事業支援をする傍ら、高校・大学生のキャリア支援事業に参画しており、どちらもマーケティング思考は欠かせないそうです。ビジネス領域を越えて、教育、町づくりなど幅広い分野の戦略設計を支える関谷さんの考えは、社会に必要とされるものだと感じました。
(インタビュー・編集:ウェブ解析士 ふじねまゆこ)
独立の背中を押したウェブ解析士
――関谷さんは営業4年、事業企画を1年半経験した後、マーケターとして独立されたそうですね。現在はどのような事業を展開されていますか?
関谷匠さん(以下、関谷さん):開業して1年経ちました。ご縁に恵まれて、今は3社5プロジェクトを受け持っています。経営層のご相談をもとに必要なところへコミットする形で、ミッション・ビジョン・バリュー・パーパスなどの、経営理念と言われるところの再構築。いわゆる戦略上位概念といわれるものに携わることが多いです。
――幅広い分野の知識が求められそうですね。
関谷さん:戦略上位概念は経営戦略の最上位にあるもので、それに基づいて人事、販売、営業戦略に波及し具体的な業務が組み立てられます。おのずと私も各分野の業務に関わる形になりますね。ウェブサイト制作などの専門分野は信頼できる企業にお願いしています。
――さまざまな資格が存在するなかで、ウェブ解析士の資格取得に至った経緯は?
関谷さん:ウェブ解析士は前職で事業企画を担当したときに取得しました。右も左も分からないデジタルマーケティング領域を任されて、書籍で学びながら手探りで実践していました。実践してわかったこともあったけれど、点々としていて全体像がわからなかった。そんなとき、ウェブ解析士の女屋さん(インタビュー記事はこちら)のClubhouseイベント「ゆるゆるディレクタートーク」に参加し、アドバイスをいただくなかで「資格を取る・取らないに関わらずテキストは有用だよ」と教えていただきました。
実際にテキストを読んでみて、デジタルマーケティングの全体像が体系化されており、独学で集めた知識がつながった感覚を持ちました。前職の事業会社はマーケティングに詳しい方がおらず、過去の経験から新聞折込で集客する状況でしたから、業務中の学びは、教育の概念でいうところの実質陶冶と言えるでしょう。これは、知識・技能などを、実際の生活や生産に即して授けるという教育の考え方で、目の前の生活以外に目を向ける機会がなければ限られた範囲で知識を習得している状態です。フレームワークは事業領域によって異なる前提条件を考慮して使いこなせなければ意味がありません。要は、数学の公式を使えば答えは出せるけれど、理解していなければ社会で活用できないことと同じです。そこで、テキストによる学習だけでなく、資格も取得しようと思いました。
――上級ウェブ解析士は独立後に取得されたのですか?
関谷さん:そうです。前職ではウェブ解析士を取得後、売上金額を1.91倍に、ウェブ経由の問い合わせ獲得件数を9.10倍に伸ばしました。この経験から、デジタルマーケティングが中小企業に及ぼすインパクトは大きいと実感しました。マーケティングの理解が乏しいことで損をする日本企業は多いのではないか。そういった企業の力になるために、一企業にとどまるのではなく外部支援の形で関わるほうが多くの企業のためになるのではないか。そう思い独立を決心しました。
独立後、妻が第2子を妊娠しまして。里帰り出産で3ヶ月間、離れて暮らすその期間を上級ウェブ解析士認定講座にあてることにしました。年齢的に若く実績がないなかで、信頼に足る最初の実績をどう作るか考えたとき、資格取得は第三者からの評価材料になると確信したことが受講の理由です。私が受講した当時、上級ウェブ解析士は全国で2,407人で、希少性が高い点も後押しになりました。
――受講してみてどうでしたか?
関谷さん:仕事柄、戦略レイヤーに携わることが多いので、自分の理解を言語化する良い機会だったと思います。KPI管理、ロジックツリー、ディメンション、メトリクスなど、業務では漠然としていたことを体系化して理解できました。上級ウェブ解析士認定講座では他者のレポートをみる機会が多く、自分にない視点を知る良いきっかけになります。自主学習中の「他者のレポートを2つ評価せよ」といった課題は、さまざまな考えに触れてとてもおもしろかったです。同じような視点を持っていてもアウトプットが違ったり、伝わりやすい表現を見つけたり、非常に実践的で勉強になりました。
未来を育てるライフワーク=子どもたちへの教育支援
――関谷さんは個人事業の他に、教育関係の支援事業にも参画されているそうですね。
関谷さん:個人事業とは別で、ふたつの事業に携わっています。ひとつは内閣府認証NPO法人 全国てらこやネットワークのグループ団体「武蔵てらこや」です。「地域の歴史・自然・文化と多様な人財の力を活かし、子どもたちに感動体験とよき人との出会いを届ける」をミッションとし、大学生が主体となって小学生の居場所づくりや地域おこしの活動を行っています。武蔵てらこやは私が学生のころ立ち上げに参加した団体で、埼玉県の新座市や、川越市を拠点に活動しています。
大学生を中心に運営するなかで、私は学生指導の立場で参加しています。コロナ禍で勧誘活動がオンライン化しており、ウェブ解析士の知識を学生に伝えた場面もありました。
――具体的にどのような知識を伝えたのですか?
関谷さん:ロジックツリーなどのフレームワークを使ってメンバーの共有知を作りました。例えば、武蔵てらこやではTwitter、Facebook、ボランティア向け募集サイトを駆使して仲間を募っています。Twitterではフォローしてくれた人へ送ったDMの返信率が10パーセントでした。100人に送ったら10人から返信がくるだろう。そのうち何人が説明会に参加してくれるかな? 説明会に呼びたい人数から逆算すると何通DMを送ればいいかな? そんなふうに学生が考える切り口を提示しました。
――学生のうちに戦略設計の経験ができるのはうらやましいですね。
関谷さん:自分で立ち上げた団体で思い入れがあることと、学生時代にそこで経験して得たものは私の原体験でもあって、これからも関わり続けたいと考えています。この団体は地域の経営者、事業者のバックアップとともに運営されているので、より深く社会と関わることができるんです。社会に出たときに周りの学生よりも5歩くらいリードできます。私も支援者の一人として自分の知識・スキル・経験を学生に伝え、学生たちが社会に出た時「武蔵てらこやで過ごせてよかった」と思ってもらえたら嬉しいです。
マーケティング思考を持った中小企業はまだ少数派です。武蔵てらこやでマーケティング思考を学んだ学生たちが、就職先の企業を盛り上げてくれるんじゃないかという淡い期待も持っています。
――未来が見えない今、こういったお話を聞くとワクワクしますね。もうひとつの事業は?
関谷さん:主に高校生向けのキャリア支援事業をする「一般社団法人 Japan Education Lab」です。Japan Education Labは、「リアルなキャリア教育を“そうぞう”する」をミッションとし、学校の外から高校生のキャリア支援を行う事業です。授業の枠組みを越えて将来を考える授業を、先生と一緒に作ります。
日本の公立学校には総合学習専任の先生がおらず、新カリキュラムでいうところの「探究学習」はクラス担任の先生が手探りで考えるスタイルがほとんどです。先生は教育のエキスパートであるがゆえに学校の外を知る機会が少ない。多様な業界・業種を考慮したキャリアに関する授業を先生一人で作り上げるには限界があります。そこで私たちのような、学校外で生きる人間が授業を構成することで、社会の実情に合わせて情報提供できる点が大きなベネフィットです。
――先生の負荷を分散できる点でも非常に期待される分野だと思います。教育機関だけでなく、PTAや一般市民から依頼することも可能ですか?
関谷さん:基本的にどのようなご依頼も受け付けています。詳しくは一般社団法人 Japan Education Labウェブサイトからお問い合わせください。また、学校からのご依頼に関しては、東京都教育委員会「社会的・職業的自立支援教育プログラム事業」、埼玉県教育委員会「越境×探究!未来共創プロジェクト(学校地域WinWinプロジェクト)」に参加していますので、そちらを通じてご相談いただくことも可能です。
キャリア戦略にマーケティング思考が役に立つ
――子育てする身としては、どちらの事業も興味があります。子どもが小さくても参加できますか?
関谷さん:Japan Education Labの活動は主に高校生を対象に事業展開していますが、私はもっと早い段階でキャリア戦略に触れたほうがいいと思います。進路選択は戦略設計だと思うんです。私は中学生のとき、経済的にあまり恵まれていませんでした。義務教育で公平に教育が得られるタイミングで進路選択の機会を設けるべきだと思います。
子どもたちの職業イメージは普段の生活で得られる身近なものだけです。親の職業と、スーパーやコンビニなど、生活するなかで人が働く姿に触れる機会は限られています。
たとえばサラリーマンの仕事と言っても、いろいろな業界・業種・役割がありますよね。総務、経理、開発、マーケティング、営業など、それぞれ必要なスキルも知識も違います。その中で自分が何に関わりたいか。製品・サービスの裏側を支える仕事は山のようにあります。そういった、見えていない選択肢を見せてあげることも大人の責任だと思っています。
私たちが教育支援事業で行うワークショップでは、マーケティングでいうところのフレームワーク、考え方を伝えています。すぐ使いこなすことはできなくても、いつか何かをきっかけに思い出せるように。今は理解できなくても、その子がなにか目標をみつけたとき、この考え方を使えば進むべき道のヒントになるはずです。
――ウェブ解析士の知識をはじめ、社会で使われている考え方・フレームワークが子どもたちに伝わっていると思うとワクワクしますね。
関谷さん:ウェブ解析士は名前で誤解されやすいですが、学べる内容は普遍的だと思います。特にこれからの時代はどの職業でもマーケティング思考が求められ、考え方そのものを活かす場面が増えていくはずです。公式を丸暗記して答えを出すだけでは駄目で、知識の学習転移が求められます。そしてIT業界や広告業界だけでなく、もっと広い業界の事業者に知っていただきたい。学校の先生にも、この戦略設計、思考法が伝わったらいいなと思います。
――日本の学校では、ICT教育推進などを求められることが多いと思います。ウェブ解析士がフォローできる場面があるかもしれないですね。
関谷さん:今後少子化が進み、生徒を獲得しないと学校が成り立たなくなるでしょう。学校関係者もマーケティング思考を身につけることは大事だと思います。
――そうなると地方自治体の戦略にも関わってきそうですね。過疎化、少子化によるコンパクトシティ化で学校も減って……。町もどうしたら魅力ある学校や町づくりができるか考えなければいけないのではないでしょうか。
関谷さん:マーケティングは誤解されていて、広告とか、発信することがマーケティングだと思われがちです。もちろん、それもマーケティング活動の一部ですが、本来は「良い商品をつくる」ことが根本にあるべきで、どうやって伝えるのか以前に何を伝えるのかが重要です。この地域の魅力、この学校の魅力ってなんだろう? その魅力を育てるにはどうしたらいいんだろう? と考えることが、まず第一歩です。
有名マーケター森岡毅さんの言葉をお借りすれば「文脈をかえる」。地域ブランディングでいうと、何もなくてつまらないと思われていた場所を「なにもないのがよかった」という視点でパラダイムシフトさせるイメージです。それは日本の全産業・全地域で求められていると思います。
あとがき
独立前から教育支援団体の立ち上げ・運営に携わっていた関谷さんのお話は、本質的で納得感のあるものばかりでした。未来が見えない今、仕事でも地域活動でも、知識を活用しパラダイムシフトを起こす人が求められているように感じます。ウェブ解析士の「ウェブ解析」という言葉にとらわれることなく、幅広い分野でこの知識・資格が活用され、これから先を生きる子どもたちにも伝わるといいなと思いました。