株式会社まぼろしの益子貴寛です。普段は、Webサイトの新規構築やリニューアルに関する企画・設計業務、Webマーケティング全般を担当しています。
経営にとって大切なのは「スキル」と「センス」のどちらか?
経営者には「スキル」と「センス」のどちらが強く求められるのか?
というのは、多くの人の関心事でしょう。著名な経営者の考え方、発想法、仕事術に関する本や記事がしばしば注目されるのは、その経営者からスキルやセンス、あるいは両方を貪欲に学びたい人が多いからです。
2016年10月16日(日)に早稲田大学で開催された日本マーケティング学会主催の「マーケティングカンファレンス2016」に参加したとき。基調講演のテーマは「マーケティングは科学か感性か?」。楠木建さん(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授)の「経営センスの論理」という40分近くの講演に心酔。過ぎる時間を惜しみながら聞き入りました。
同名の著書『経営センスの論理』(新潮新書、2013年4月)からエッセンスを抜き出した内容でしたが、とにかくスゴイの一言。「モテる、モテないは、スキルではなくセンス」と言い切る楠木教授は、「経営も同じこと」と喝破します。「センスのある人が経営をすればよい」と。
経営者にはセンス、担当者にはスキルが必要
楠木教授による「経営者」と「担当者」の特徴を対比すると、次のとおりです。
経営者
・センス
・シンセシス(綜合)
・商売まるごと発想
・好き嫌い
・育てるものではない(自分から育つもの)
・フィードバック不可
担当者
・スキル
・アナリシス(分析)
・担当分野ごとの分業
・良し悪し
・育てるもの
・フィードバック可
たとえば「順列組み合わせ」という言葉がよく使われますが、実は「順列」と「組み合わせ」はまったく違います。「順列」には時間や流れの概念があり、経営者の発想です。一方、「組み合わせ」は要素分解にもとづく、担当者の発想です。
元プロ野球投手の山本昌(中日ドラゴンズ、2015年に惜しまれながら50歳で引退)が、けっして速いとはいえない130km台のストレートで、なぜバッターを打ち取れたのかといえば、より遅い球や変化球を織り交ぜて描く「順列」、つまり「ストーリー」が優れていたからです。
経営戦略に大切なストーリー思考については、楠木教授の別の著書『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社、2010年4月)に詳しく書かれているので、興味のある人はご覧ください。
センスから紐解く、アマゾンとアップルの勝因
楠木教授の分析対象には、当然、インターネット企業やIT企業が多数含まれます。アマゾンとアップルに関する意見を抜き出してみましょう。
アマゾンが小売の世界に持ち込んだ非連続性(イノベーションのこと。引用者注)は、一言で言えば「これまでとはまったく異なる売り場」にあった。顧客がアマゾンの店舗に入ってくる。すると、どの途端に本屋さんのフロア構成から棚の配置が、その特定の顧客に合わせて一瞬にして変わる。0.1秒後に別の顧客が店に入ってくる。途端に、今度はその新しい顧客に合わせて書棚の配置が一斉に変わる。しかも一人ひとりの顧客に合わせて、そのお客さんが好みそうな本を勧める販売員が来店する顧客全員にアテンドする。こうした売り場づくりは、これまでのリアルな書店が宙返りしてもできないことだ。ここにアマゾンの意図した非連続性があった。(56ページ)
最近のスマートフォン(iPhone)に限らず、アップルがこの10年で最もイノベーティブな企業のひとつであることは間違いない。そのひとつの理由は、アップルほど「できる」と「する」の間のギャップに敏感な会社はないということにある。顧客から見て明らかに非連続なものを提供する。その一方で、ユーザー(=ごく普通の大衆)の側にある大いなる連続性を直視する。多くの人々があからさまにそそられ、自然と「する」という確認がもてる製品しか出さない。(63ページ)
イノベーションというのは非連続のものであるが、普遍的に存在する連続的なニーズに目を向けてはじめて成立すること。「できる」という供給者の論理ではなく、「する」という消費者の自然な動機を重視すること。これらが経営センスの一端であり、ジェフ・ベゾスとスティーブ・ジョブズに共通する慧眼だったと問いています。
たしかに、iPhoneの登場以降、多くの分野、多くのプロダクトで、分厚い製品マニュアルの存在感は小さくなり、必要最低限のクイックガイドが主流になりました。時代は「あれもできます、これもできます」から「さあ、はじめよう」に大きく変わり、それを超えるストーリーはまだ世の中に示されていません。
アマゾンのビジュアル・マーチャンダイジングから物流、フルフィルメントにいたる顧客との接点と、それらで提供する体験。長らく世界中のECサイトから目標とされ、模倣される存在でありながら、なお他の追随を許しません。
自分はセンス型か、スキル型か
ほか、本書で注目すべきポイントをいくつか紹介します。
先ごろ、アメリカ大統領選挙が行われ、常に優勢と見られていたヒラリー・クリントン氏を、第3コーナーから追い上げて鮮やかに抜き去ったドナルド・トランプ氏。「行き過ぎた報酬システムはウォールストリート型金融業の抱える宿痾(しゅくあ)のようなものだ(163ページ)」という指摘は、是正される兆しのない、アメリカを覆おう格差社会と、エスタブリッシュメントを代表するヒラリー氏への反発という流れと呼応します。
就職人気企業ランキングは、「ラーメンを食べたことのない人による人気ラーメン店ランキング(184ページ)」であること。GPTD(Grate Place to Work)の「働きがいのある会社ランキング」のほうがよっぽど意味があり、楠木教授がもっとも優れている調査であると考えているようです。
そして、センスという観点から、経営の役割を次のように示します。「だとしたら、経営には何ができるのだろうか。これは!という商売センスの匂いのする人を抜擢して、早い段階から、小さい単位であっても商売丸ごとをやらせることだ。そういう機会を多く与えることで、その人のセンスを見極めることができるし、潜在的なセンスを引き出し、伸ばしていくことができる。そうしてはじめてニワトリが卵を産み、卵からたくさんのヒヨコが生まれ、ヒヨコがニワトリに成長していくというサイクルが回り出す(129ページ)」。
この本を読んでからというもの、周りの人間をセンス型とスキル型の視点で観察すること、自分はセンス型なのかスキル型なのかをじっくりと考えることを、しばらくの課題としています。